ホストファミリーとの出会い
私の留学先はインディアナ州でした。空港ではホストファミリーのマイケル一家がジーンズにTシャツ姿でニコニコと私を出迎えてくれました。マイケル一家は、弁護士をしているお父さんのトム、フランス語の先生をしている奥さんのリンダ、女の子で大学1年生のジェニー、私より2歳年下の高校生の男の子ネットでした。
空港からそのまま家に向かわずに、子供博物館やフェアなどに連れていってもらいました。フェアはとてものどかなもので、農家の人たちが飼っている牛や豚や鶏を連れてきてその立派さを競ったり、屋台で象の耳くらい大きな揚げパンを売っていたりしているものでした。東京出身の私には豚や牛を見て笑みをこぼしている素朴な人たちとふれあい、少しのカルチャーショックを感じながらも、なんだか嬉しい気持ちになったのを覚えています。
アメリカの高校
ホストファミリー宅から車で15分ほどのところにあるマリオン・ハイスクールが私が通う高校でした。
マリオン・ハイスクールはあのジェームズ・ディーンの出身校が母体になっている伝統ある学校でした。
日本の学校と違い、アメリカでは生徒が自分の取る授業を自分で選び、自分でカリキュラムを組み立てていくのです。私はドラマ、タイプライティング、体育、得意な数学そしてアメリカとインディアナのことを知るために社会科を選びました。そして何よりも「なんでも体験してやろう」と思っていた気持ちが私を後押し、高校のバスケットクラブの応援団にも参加することになりました。
本当のアメリカ
私のホストファミリー、マイケル一家は裕福な家庭でしたが、アメリカでは貧富の差がある国です。自ら望んで、国から援助を受けて暮らしている女の子の家に泊まりに行ったこともあります。彼女のお母さんが「うちはね、貧乏だけど、愛はいっぱいあるわよ」といった一言がいまも耳に焼き付いています。
当時のインディアナは田舎だったせいか、高校のカフェテリアも黒人と白人の席が自然に分かれてしまうほど人種差別もありました。ここアメリカという国の本当の姿を肌で感じ、さまざまな生活や「痛み」を知りました。
パイロットになる決意
高校留学を終えたあとは日本の高校に戻りましたが、スチュワーデスになる夢を追ってアメリカの大学に行くことになり、再びマイケル家に戻ることになりました。
そんなある日、ホストファーザーのトムが航空ショーに誘ってくれました。そこで女性のパイロットに出会い、彼女に自分も本当はパイロットになりたかったことを話したら「大丈夫、がんばればきっとなれるわよ」と励ましてくれたのです。その一言が私のパイロットになりたいという気持ちに火をつけたのです。
プロのパイロットとしての出発
アメリカの大学、航空学部を無事卒業し、プロのパイロットとして初めて飛行機を操縦したのはロス近郊にあるパイロット養成学校でした。
その後、1995年にHorizen Airで旅客機のパイロットとなりました。
当時、社内の総パイロット数は650人、その中でも女性はたったの10人でした。夢を諦めないで突き進んできてよかったと思いました。
高校留学を目指す方へ
時が過ぎるのは早いもので、私が高校留学生だったのは今から23年前のことです。
今、思い返すとホストファミリー、友達、地域の人たちとの出会いが私に自信と夢をくれたのでしょう。
日本にもアメリカにもそれぞれの文化があります。まずは、自分の殻にとじこもらず、積極的にその国を理解しようとする気持ちが大切だと思います。
アメリカに留学して一番感じたのは「アメリカには夢をかなえようする人には必ずチャンスがあり、それを応援する人がいる」ということです。私も4歳のころから抱いていたパイロットの夢をかなえました!
皆さんも自分の夢を持ち、アメリカで素晴らしい留学生活を送ってください。